聲の形

あらすじ

「俺は彼女が嫌いだった」――明るく! 楽しく! 大冒険! がモットーの少年、石田将也(いしだ・しょうや)。耳の聞こえない転校生の少女、西宮硝子(にしみや・しょうこ)。2人の出会いが、教室を、学校を、そして将也の人生を変えていく――。余りにもみずみずしい青春のカケラたち。最高に切なく、心ゆさぶる物語が生まれました。

著者 : 大今良時

大今 良時(おおいま よしとき、1989年3月15日 – )は、日本の漫画家。女性。岐阜県大垣市出身。小学生時代、高田裕三の漫画作品『3×3EYES』とゲームの『クロノ・トリガー』が好きで、それらの作品のキャラクターを模写していた。小・中学校時代はコピー用紙に描き、高校時代に初めて原稿用紙に描き始める。高3のときに『週刊少年マガジン』のMGP(マガジングランプリ)に初投稿する。


マンガ大賞おすすめコメント

「小学生の頃、転校させてしまうほどいじめた女の子に償う為に動く男の子のお話。年内に完結となりましたが、内容的にはキツい話もあったのに連載が終わりもう読めなくなるのかと思うと、かなりサビしい気持になります。読後の余韻を感じさせるエピソードが多々有ります。」

「題材も描法も挑戦的で実験的でスリリング。」

「耳の聞こえない女の子と、小学校時代にその子をいじめてた男の子のそれからの話。
過去への後悔はきっと誰もが多かれ少なかれもっているもの。後悔のまんまじゃなくて時をもう一度動かしていくのは自分の小さな勇気ひとつだったりするんだなぁ。
ピュアで一生懸命な心に打たれました。」

「 ちょうど12月で全7巻が完結したこともあり、今期これを外すわけにいきません。ろうの少女への苛烈ないじめで始まる本作、最初は読み切りで読んだが、「なんと難しい題材を!」と感心した。その後連載が始まって、この話、長く続けられるの?といぶかっていたが、実は本作の真のテーマは「障害」とか「健常」とかではなく、人間同士の根源的なコミュニケーションの難しさという、普遍的なテーマだとわかって、さらに感心した。全体的に重くてつらい話だが、安易なハッピーエンドに流れず、あのラストを用意してくれた作者(女性なんですね。最近まで知らなかった)にお礼を言いたい。あと、特筆すべきは、手話をする「手」の描写の美しさ。絵も隅々まで気合が入っていて、見事な作品だと思います。」

「テーマが重い。快活でもお気楽でもない。愉快でもない。楽しくない。居心地が悪い。
でも、この漫画が週刊少年漫画で連載されたことには大きな意味があったと思う。
『マルドゥック・スクランブル』の冲方丁がこの才能に触れて自作を書き直したというもなるほどなと。」

「少年時代に特有の、言葉が足りずに気持ちをすなおに表すことができない葛藤と、打算をいさぎよしとしないまっすぐな感情が、なんの嫌みもなく読み手に届く。重いテーマを扱っていながら、重苦しい空気感にはなっていない。むしろ、しっかり前を向いて人と向き合うことをきちんと肯定したいという意志を感じさせる。多くの読者に支持されたのがよくわかる。少年マガジンの良いところが結晶した作品のように思う。」

「本当に良い作品て男女問わず、大人にも子どもにも読んで欲しい、
と心から思える作品だと思う。
これは間違いなく自信を持って人に薦められる作品です。」

「7巻で終わってしまいましたが、とっても素敵な作品です。読みきりもとても面白かったのですが、ちゃんと7巻まで、耳の障害以外の人間関係(特にヒロインとヒロイン以外の女性登場人物)が面白く、途中からは障害は物語の少しのエッセンスでしかなくなったところが、逆に好感が持てました。」

「切なくて苦しくて甘酸っぱく心に響きます。」

「いじめられた子といじめた子が分かり合える事はそう多くないかもしれませんが、言葉や互いの過去を乗り越えて、生きることを手伝いながら生きて行けたらどれだけ素敵なんだろうと思わされます。」

「切ない。後悔っていうのはほんとに後からどうしようもないときにやってきて、そしてずっと人を縛り続けるんだということを思い知らされる。いじめっ子もいじめられっ子もそして自分の後悔をおもいだしてしまった」

「一度(正確には二度)完結させた読み切りからよくぞここまで。マンガの表現手法が何かとやり玉に上げられるいま、とても繊細な部分にまで踏み込んだ表現の機微がちくちくと胸に刺さります。変に引き延ばさずにエンディングにまで到達したのも好印象。」

「初掲載時、非常にショックを受けた作品。
「障害」をあたかも個性の如く描いた独特の世界展開には脱帽。」

「短いようで7巻。一気に駆け抜けた傑作。」

これも学習漫画だ!推薦コメント

「いじめはいけない」「障害者を差別してはいけない」――学校でも社会でもよく聞かされる。果たして、私たちは本当にその意味を考え、噛みしめているのだろうか?何か特別なものとして、特別に用意された場所に置いておけばよいと思っていないだろうか?本作品は、耳が聞こえない子をいじめて転校させた主人公が、逆にクラスでいじめられるようになり人生が変わってしまうというストーリーだ。「あの時は傷つけ合うことでしかこえを伝えられなかった」、その過去の後悔に向き合い、自分がいじめてしまった子にもう一度会いに行くことで、自分自身にも向き会おうとする葛藤と変化を描いている。人が人を知ろうとすること。人の心の声を聞こうとすること。自分の心の声を聞こうとすること。その難しさと尊さを考えさせてくれる。
私たちは、声が聞こえていれば、すべてを知っているのだろうか?自分の本当の声にすら、耳を傾けられていないのではないだろうか?作中には、手話のシーンがよく出てくる。そして、筆談。メール。手紙。プレゼント。行動。様々な表情。一つ一つに「聲の形」があって、お互いに向き合って、心を傾け合うことで、ようやく本当の「こえ」を伝え合うことが可能なのかもしれない。主人公は、「聞こえない世界」を知ろうとする過程で、これまで自分が聞こうとしてこなかった本当の「こえ」に出会う。私たちは、大切な人の「こえ」をきいているだろうか?

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